Time Limit(04)
Time Limit(03)
Time Limit(02)
Time Limit(01)
昼と夜のちょうど中間、夕暮れ時の黄金色に包まれたオープンカフェには、スパイダー率いるハック集団…スパイダーズの面子が集まっていた。
「急に呼び出してすまないな」
エスプレッソの香りを楽しみながら、スパイダーが集会開始を告げる。
「前回の仕事の報酬は口座に振り込んである、さっそくだけど次の仕事の話で良いかな?」
それぞれが頷く事でスパイダーの言葉に同意し、それをゆっくりと確認してから、スパイダーは言葉を繋げる。
「今回のクライアントだが…」
言葉の途中で勇輝の頼んでいたケーキセットが届く、勇輝がウェイターに礼を言いながらそれを受け取ると、ハイティーンと思われるウェイターは、自然な営業スマイルのまま静かに言葉を紡ぎ出した。
「スパイダーズの方々ですね」
それは疑問系では無く、確信の言葉。
確かにこのカフェで、この黄金色の時間帯に何度も打ち合わせは行っている。
だがそれは、誰に聞かれても判らないような言葉を選んであるし、最低限の会話のみを行い、後はそれぞれのメールでのやりとりをしていたはず…
「…悪いけどそう言った集まりではないよ、ウェイターさん」
スパイダーがさらりと嘘を告げると、ウェイターはさして気にした様子も無く言葉を続ける。
「会話の内容を毎回聞かせてもらっていた…その上で確信させて貰ったよ」
「何の用だ?」
光がサングラスの下からでも判るほどの殺気を込めて、ウェイターを睨みつける。
ウェイターは気にする様子も無く、語り続ける。
「雨宮 怜、通称“レイン”主担当はハッキング。神楽 勇輝、通称“ハイド”主担当はプログラミングとSE。相原 光、通称“ブレイカー”主担当はハードウェア全般。そしてスパイダーズリーダー、通称“スパイダー”ウェブを操る蜘蛛…以上、訂正は?」
(訂正箇所等、幾らでもある…だがそれを口にすべきか?)
リーダーの一瞬の逡巡の間に、レインが先に出る。
「確かに私は雨宮ですがね、主担当は女子高生ですから、それから馬鹿担当にハゲ担当に喫煙担当。そこいら訂正しといてもらえる?それに人の名前だけ語って自分の名前も言えない頭の痛い子何て相手にする気ないからね」
ワンブレスでさらっと言う怜の言葉は、それだけ聞けばお気楽な女子高生の物だった。尤も目は笑ってはいなかったが。
「失礼…僕は三浦 哲也ですHNは“バラッド”」
「聞いた事があるね、確か悪質なクラッカー君だ」
こと情報収集能力にかけてはリーダーを上回るハイドが、ウェイターの説明を補足する。
「クラッカー?」
ブレイカーが目を細め、リーダーは煙草へと手を伸ばす。
「うん、代表的なんで行くとゲンズネットの情報機器一斉停止事件なんてのがあったよね?」
「はい、良くご存知で」
ネット業界では中小企業と言った部類に位置するが、それでもネットワーク関係の会社の情報機器を一斉停止…確かに当時話題になった話ではある。
「一週間の復旧作業及び一ヶ月の原因究明の後に出てきたのはプログラムソースへのバラッドの署名のみ、正解?」
「正解ですね」
自分の情報の確かさに満足したのか、ハイドの興味は今度はケーキに移る。後は任せたとでも言わんばかりに。
「それでそのクラッカーが俺達に何の用だ?」
「光…」
「さっさと認めて良いんじゃないか?こいつの腕は勇輝と俺が保障するよ」
言葉の先を読まれたリーダーは一瞬だけ考え、そして光の案に賛成をする。
「確かに俺達はスパイダーズだ、それで?クラッカーが何の用だ?」
「話が早くて助かります…実は僕を仲間に入れて欲しいのですよ」
「ふざけんな!!」
最初に言いたい事を述べたレインが、机を叩き立ち上がりながら怒鳴り声を上げる。
「誰がアンタみたいなふざけた野郎と一緒に!?クラッカー風情が調子に乗ってんじゃないよ!」
「貴方は純然なハッカーなのですね」
バラッドの言葉に更に煽られたレインが、今度はウェイターの胸を掴む。
「っざけんな!お前等みたいなクソ野郎が人間の口聞くんじゃないよ!!」
「落ち着けレイン…」
「でもリーダー…」
「俺の返事がまだだろう?」
子供を諭すような穏やかな口調で、レインは腹の底に溜まっている鬱憤をなんとか落ち着ける。
「リーダーに任せる」
小さく呟き、掴んでいた手を離すレインの前で、バラッドは服の乱れを直している…最早その行為さえどこか人を小馬鹿にしてる様に見えるのは、レインだけであろうか?
「確かにクラッカー如きをスパイダーズに入れる訳には行かないな…だがブレイカーが腕を認めるとも言っている…」
ブレイカーは静かに頷き、バラッドも又静かに言葉の続きを待つ。
「それなら実力を示して貰おうかまぁクラッカー如きがどこまでできるのかな?」
スパイダーの言葉にバラッドが余裕の笑みを浮かべる、こうなる事が想定済みだったのだろう。
「情報が一つある、まだどこにも洩れていないやつだ」
「話せ」
「ネット会の最大手、アストロネットが“マザー”と呼称するシステムが完成寸前…現在は最終調整段階だそうだ」
マザー。
その単語に微かに動揺しつつも、リーダーは沈黙で言葉を続ける事を承認する。
「そのシステム、マザー自体が何なのかは不明だけどな、それでもそれがネット会を大きく動かす存在としてアストロネット内での機密レベルは最高に位置している」
「どうやってその情報を?」
「そいつは企業秘密だな」
(馬鹿な…今更マザーだと?確かに開発の情報は知っている…だがそこまで進んでいるのか?)
最後の一欠けらを口に放り込むハイドに視線を向ける。
「確かにアストロネットで最高機密情報は存在するね、そのプログラム名はシステム・オブ・マザーその先は俺も知らないよ」
(ブラフか…それとも)
リーダー、そしてハイドさえも知らない情報を、何故ただのクラッカーのこの男が知っているのか、その先に思考を幾ら巡らせても、彼には回答が出なかった。
「情報の真偽を確かめる、その上でこちらから連絡させてもらうよ」
「俺の連絡先は…」
「必要無い、こちらで探させてもらう」
席を立つリーダーに、レイン達も合わせて席を立つ。
(マザーか…だとするとあの男が…)
リーダーに続き歩くレイン達は、彼に声をかける事は無かった。
普段は飄々とし、決して本心を悟られる事の無いように勤める彼が、今ばかりは焦燥の念を表に出していたからだ。
何かが劇的に動いていく。
それだけは彼から伝わってきたから。
(試みるのをやめたとき以外は、決して失敗ではない―――エルバート・ハバード。お前は諦めずにあのシステムを完成させたと言うのか!?)
過去に起きたIT革命によって、人類にとって情報技術は非常に便利な物になっていた。
そして第二のIT革命…それにより人類にとって情報技術は非常に便利な物から、無くてはならない物へと変わっていった。
現代におけるネットは、過去のネットとは全く異なっていた。
例を挙げるなら、日用品から核ミサイルまで…全ての管理を行うのがネットの役割となり、国家単位で力を上げて、我先にと日々技術を開発する様になっていった。
一度便利な世界に流れ出すと、後は誰にも歯止めはかけられない。
結果、この世界で生きていくためには、ネットと言う情報媒体が無ければならなくなっていたのだ。
そして、現在どの国家…どの組織でさえその挙動を伺わなくてはならない大企業…アストロネット。
第二のIT革命期に発足、以来新技術を次々に開発…気が付けば大国さえも揺るがすほどの企業になっていたのだ。
過去の力のバランスは軍事産業だったが、それすらも凌駕する情報技術産業を身に着けたアストロネットに、最早逆らえる国も無く、アストロネットは更に莫大な力と富を生んでいく。
そのアストロネットの中枢とでも言うべき開発研究所長室から、男は静かに町を見下ろしていた。
既に夜の闇に包まれた町を見下ろしながら、思慮深い表情を浮かべる男の耳に、電子音が小さく響く。
「あぁ…俺だ」
デスクにおかれた電話を取り、男は相手からの報告を黙って聞いている。
「そうか、判ったご苦労だったな…蜘蛛め、相変わらずやってくれる」
言葉の後半は受話器を置いてからの独白だった。
男はどこか懐かしむ様な、そんな優しい表情に一瞬なる。
コンコン。
「所長…報告があります」
ドアをノックする音に、いつもの思慮深い…考えの読めない表情に素早く戻し。
「入れ」
たった一言でドアの奥の人間を促す。
「失礼します…新開発中の新型情報処理ソフトですが開発が難航しています、現在の完成度は50%となります」
「予定より30%遅れているな、至急人員を導入し開発を急げ」
「判りました…それとネット部門からの報告で、マザーシステムの調整に所長の力を借りたいとの事です」
「マザーシステムか…判った、アレは私の担当だからな」
「最終調整の段階まで既に話は進んでおります、後は所長のスケジュールの都合が付き次第調整し完成するとの事です」
「判った、下がれ」
静かに男が告げると、報告の終わった所員はその場で一礼し、踵を返す。
マザーシステムの完成…そう聞いた男はその表情で隠しはしている物の、胸の中から熱い物を感じていた。
「そうか…マザーシステムが…な」
思わず呼吸の仕方さえ忘れたのか、やけに息がし辛い。
「そうだ…お前の目指した下種な理想が完成するんだよ…この俺の手によって!!」
誰も居ない広い所長室に、男の独白…いや虚しい叫びが響く。
「お前が言ったあの世界が…俺の手によって…」
男は震えていた…それが恐怖からの震えなのか、歓喜からの震えなのかは判らない。
「ははっ…」
乾いた笑いだった…
「ははっ…ははははははっはは!!」
何が愉快なのか、それは彼自身判っていないだろう。
いや、それは自嘲だったのかも知れない。
“そういうおまえなのだ、おまえは自分から逃れられない”
いつか誰からか言われたゲーテの言葉をふと思い出す。
その言葉が更に男を笑いを誘う。
男の笑い声は闇に響いて…虚しく消えた。
「うぅ~…最悪だわ」
少しでも油断すれば、瞼が落ちてしまいそうになるのを、ぐっと堪えながら、昨夜の彼女…雨宮 怜はそう呟く。
机に伏せながら、朝の教室独特の空気も、今の彼女には苦痛以外の何物でも無い。
「よっ!花の女子高生がなんだいなんだい、もっとしゃきっとしなさいな!」
「アンタ…花の女子高生て…」
底抜けに明るい声に、怜は更にげっそりとする。
まぁ本人は蛙の面に小便状態なのだが…
「そんな言葉はもはや化石よ…ったく、今がいつだと思ってんだか…」
「西暦2083年7月28日!現在8時25分…快晴!!」
「うん、どう考えても100年位は前の言葉だよね」
「ふむ…やはりそうなのかね?」
「そろそろ時間よ…席に付きなよ」
正確にはまだ授業が始まるには少々時間があるのだが、これ以上余計な体力を消費するのは正直きつい、怜は掌をひらひらと振って、クラスメイトを追いやる。
そのまま掌を机にぺたりと乗せる、机の内部にある指紋認証システムが、その机の主を数秒で認識する。
若干のラグの後、机の中央から厚さ5ミリの液晶ディスプレイが迫り上がってくる。
怜は鞄からキーボードを取り出し、学校側で用意されている標準仕様の物を取り外し、自分の物へと取り替える。
リーダー曰く『キーボードは安物を使い続ければ馴染む』に反対し、怜のキーボードはメカニカルの中でも高級品の部類に入る。
あの部屋にあるPCのキーボードも無理矢理メカニカルに取り替える程…言うなればキーボードのマニアである。
「ん~?」
プライベートのメールボックスを開き、新着メールの差出人だけ確認する。
“蜘蛛”
“ハゲ”
“ヒデ”
それだけを確認すると、それっきり興味を失ったかの用に、忙しなくキーボードを叩き出す。
本日のニュース…そう開かれたページを眺めながら、怜は唇の端をほんの僅かだけ上げる。
「うぇ~い、良い仕事したんじゃな~い?」
「ふぁあ…眠っ」
特徴的なスキンヘッドを擦りながら、相原 光は大きく欠伸をする。
朝と昼のちょうど中間の時間の町は、死んだ様な静かさだ。
「光ちん、どったのさ?」
金色に染められた髪の毛を、鬱陶しげにかき上げ、TシャツにGパンと言ったラフな服装の男…神楽 勇輝は、ファーストフードを食べながら、光に気の無い問いかけをする。
「大体な、俺は今回出番無かった訳だろ?それで出ろってんだから意味がわからねぇよ」
「まぁ俺も光ちんも出番無い方が楽で良いよねぇ~」
光の言葉より目の前のポテトの方が優先度は高いらしい。
勇輝は目の前のポテトを食べる手を休める事も無く、気の無い返事だけを返す。
「違うって!だからあの嬢ちゃんに舐められてるんだよ!俺等は!!」
「ヘイヘイ、そこ複数形にするのやめてくんない?」
手に付いたポテトの塩を払いながら、勇輝はのん気にそんな事を言う。
「大体俺等は出番無い方が平和的で良いじゃんか、年中仕事なんてやってらんな…」
ようやく正論を吐いた勇輝の言葉は最後まで語られる事は無かった。
途中でより興味をそそられる物を発見してしまったからだ。
「光ちん…あれ見てみ?」
そう言いながら勇気が指差した先には、巨大なオーロラビジョン。
そこでは本日のニュースが、キャスターによって語られている。
「でっかいニュースになってるのねぇ~」
モニターをぼんやりと見つめながら、俺には関係無いとばかりに呟く彼を、誰が犯行グループの一員だと気が付くだろうか。
「やっぱさ、でっかいモニターで見ると良いよね、うん、迫力が違うね」
モニターとニュースの内容…それは到底比べられるべき事では無いのだが、勇輝にとっては関係無いらしい。
当然ながら、そのニュースの全貌を知っているからなのか、ただ単純にモニターがお気に召したのか。
そんな勇輝の後ろで、光がサングラスの下の目を細める。
(焦りすぎて無いか…リーダー)
キャスターが天文学的な数字の被害総額を、淡々とした口調で読み上げる。
(それでも俺達は信じるしか無いんだよな…アンタを)
そのモニターを睨みながら、光は戸惑う様な思考にピリオドを打つ。
静まり返った町の一角で、光は祈る様に…ただ空を見上げていた。
灰皿から気だるく紫煙が上がる。
たった一人…この部屋の主以外に入る事を許されていない、この部屋に生活感は無い。
そう…それはまるで死人の部屋のように。
虚ろに光るモニターと静かに主を待つ紫煙のみが、かろうじてその部屋に人が…この部屋の主がいる事を知らせている。
光源がモニターしか無いのか、意図的に照明を付けていないのか。
この薄暗い部屋では、それさえも判らない。
モニターには、誰もが知っているニュースサイトからアングラな物まで、多種多様な情報サイトが開かれている。
灰皿から上がる紫煙がふっと移動する。
それと同時に一瞬だけ部屋が明るくなり、そしてまた暗くなっていく。
ゆっくりと煙を吐き出すと同時に、灰皿に燃え付きかけた煙草を押し付ける。
この部屋の主…昨夜リーダーと呼ばれた男には、昨夜の陽気さは消えている。
その漆黒の闇よりも更に深い闇色の瞳をモニターへと向ける。
モニターには専用回線からのアクセス許可が点滅している。
「やぁ、クライアント殿」
軽くキーを弾き、そう答える。
「スパイダー」
いつか誰かが彼をそう呼んだ…そして彼はそれを否定はしなかった。
それ以来の彼の通り名“スパイダー”
彼はそれ以上も以下も語りはしない、否定はしない。
そして肯定も。
「仕事は首尾よくこなしてくれたな、今からそちらの口座に送金をする…今後ともよろしくな」
モニターに映るのは、全ての欲望を具現化したような醜悪なクライアントの顔だった。
恐らく彼にだけ見せる、媚を売るような笑顔が、スパイダーには癇に障る。
ふぅ…と大きな溜息を付き、スパイダーは淡々と語りだす。
「いや、その必要は無いさ」
「…どういう意味だ?」
言葉の意味を掴みかねる、そんな表情でクライアントが聞き帰して来る。
実に数十億にもなる送金を事も無げに断ったのだから、それも当然だろう。
「情報提供の為にアンタの機関のイントラに入ったろ?面白い情報がいくつかあったんで、他に売らせてもらった…それが報酬で構わないさ」
クライアントの顔から血の気が引くのが、モニターからでも見て取れる。
スパイダーはそんな彼に飄々と続ける。
「おめでとう…明日はアンタがトップニュースさ」
「…っ!スパイダー!貴様裏切ったのか!?」
「…裏切る?」
それまで表情を変えなかった彼が、そこで初めて表情を崩す。
目の前に映る醜悪な生物に対する侮蔑の表情に。
「俺はアンタの飼い犬じゃねぇ!ブタは大人しくブタ小屋にでも入ってろ!!」
反論の機を与える事も無く、スパイダーは彼との専用回線を痕跡一つ残さずに消し去る。
スパイダー…ワールド・ワイド・ウェブの主として、恐怖と畏怖の念から呼ばれた名…
巨大な蜘蛛の巣を唯一自由に動き回る事のできる、最高のハッカーとしての称号…
虚空を見つめる彼の瞳のその先には、何が映っているのか。
闇色の瞳の真実を知る術は、今はまだ無い。
それは全ての物に等しく与えられる権利。
たとえどんな権力者であろうとも、それを他者から奪う事はできない。
この世の誰であろうとも、それを売ってくれる者はいない。
“Time is money”
そう言われる事もあるが、それは決して買う事等できない。
今宵も時は静かに、そして全ての者に平等に流れる。
そう…時にしてそれは冷酷に…残酷に。
Time Limit「あ~ったく、だから言ってんじゃん?アンタってホント馬鹿だよね」
「そう言うな…自覚してる」
薄暗い照明が部屋を照らすが、その頼りない照明一つでは、この部屋を充分に照らしてるとは言えないだろう。
殺風景な部屋に充満する紫煙が、白い霧のように部屋を包む事もあり、この部屋はいつも薄暗い。
決して充分とは言えない照度だが、それでもこの部屋でいる分には早々困る事は無い。
理由は二つ。
一つは、この部屋に立ち入る事を許されるのは、ごく少数の上、その面子もここ2年変わっていない事。
一つは、この部屋に立ち入り、この部屋で成す事を成す場合に、目の前のモニターの明りさえあれば充分だと言う事。
「いやいやいや、自覚してんならどうにかしなっての、ったく大体いつもアンタってヤツはね…」
キーボードの上に指を滑らせながら、再び悪態を付くのは、ようやく少女の域を脱した頃の女だ。
機能性を重視したラフな服装に、首には攻撃的なチョーカーを付けているが、その端整な顔には全くマッチしていない。
一方怒られている男の方は、黒のロングコートに黒いサングラス、そしてスキンヘッド。
「半年前だったっけ?あん時はもう最悪…正直殺そうとしたね、うん」
彫刻の様な美しい彼女から発せられるのは、先ほどから罵倒の言葉ばかり。
見た目だけなら確実に立場が逆なのだが、男は特に気にする事も無く、言葉を続ける。
「判ってるさ、大体俺の本業知ってんだろがよ…そもそもから俺にやらせんのが間違ってんだよ」
だが、さすがに長時間の説教に参ったのか、黒のサングラス越しでさえ、彼の疲れきった目が明確に判る。
「ふぅ…」
短く溜息を付き、コートの中から、この部屋に入ってから何本目か判らない煙草とジッポライターを取り出し、遠慮なく火を付ける。
「外で吸えよ馬鹿」
「今は出れないんだろがよ?」
「シャーラップ!」
会話しながらも、キーボードの上を滑る指は片時も止まる事はない。
彼女の細く白い指がダンスを踊れば、軽快なワルツでも奏でるかの様にそれに呼応し、リズミカルな音が室内に響く。
その間も彼女の視線はモニターにのみ注視し、湧き出る様な英語の羅列を確認し続けている。
「うし、これで良しっと」
「ふぅ…やっとかいお嬢さん?」
「うっさい!このハゲ!」
「ハゲじゃねぇよ!こりゃわざと剃ってんだよ!!」
「興味ないね、それより準備しろっての、こっからがアンタの出番でしょや?」
「はいはい…人使いの荒い事ですね」
ゴンゴン
モニターの前方、彼女が座った椅子の視線のすぐ先にある鉄製の小窓が、二回ノックされる。
「痴話喧嘩は終わったな?出すぞ」
窓越しにそう聞こえて来る声に、二人は顔を見合わせる。
そして同時に…
「「ちげぇよ!」」
「…息もぴったしって事で…」
そう言い終えると同時に、大型車用と思われる豪快なセルを回す音が響く。
その音の数秒後に、扉が開き閉じる音がする。
「ほいよ、リーダーこっちも確認・回収共にOKだよ」
「…んじゃぁ今日も気楽に行きますか?」
豪快なエンジン音が夜の闇を切り裂くように響き…そして夜の闇に消えて行った。
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